ウズベキスタンへ飛んじゃった

2019年8月に旦那様の仕事の都合でウズベキスタンへお引越し。タシケント在住。英語もロシア語もウズベク語も喋れないけど、魅力いっぱいのこの国で毎日楽しく暮らしています。

危険な暑さ。
暑さにも寒さにも強いタフな体に生んでくれた両親に感謝しながら今日も歩いた。
私はウズベキスタンのソ連建築マニアのSNSサークルみたいなのに入っているのだけど、日本人は私だけだし、柄アパートが好きだと言ったら皆喜んで「ここに素敵な柄アパートがあるよ」と教えてくれる。

この日はヴォドニク地区へ。
教えてくれるのは有り難いけど、ウズベク人の道の教え方は、みんなザックリしすぎてる😅
今回もブォドニクの291学校の近くに柄アパートが沢山あるよ!と言われたからそこまで行ってみたけど見つけられず、人に聞きながら探す。
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ウズベク人のもう一つ不思議なところは、自宅の近所を知らな過ぎる🤣
皆家の近所とか散歩しないのかな?
色んな人に「この辺りに柄アパートがあるはずなんですが場所を知ってますか?」と尋ねながら2時間ほど周辺をグルグル歩き回り、沢山の柄アパートに出会えました。
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「友達の家?友達に電話かけたら道聞いてあげるよ」と言われ「いえ、写真撮りたいだけなんです」と言ったら、「写真撮るだけなのにこの暑さの中探してるの⁉️ダメダメ。ここの日陰で少し休んでから行きなさい」とお水をくれたり。
皆優しい。

水を飲みながら沢山歩き、バスでタクシーがつかまりそうな場所へ。
乗ったバスがクイリク行きだったため、コンパスで涼んでから帰ろうと。
久しぶりにコンパスへ。
マクロスーパーマーケットがカルフールに変わることは知っていたけど、そこだけでなく、多くの店が改装中?シャッターの店が多くて、なんだか少し寂れた感じになっていました。
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クイリクバザール側からコンパス側にわたるための地下道。
こういう風景も、あと何年かしたら見られなくなるのかもしれない。
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先日、とてもショッキングなニュースが。

 アパートの改修作業の際、モザイクアートを残すのは手間がかかるし難しいとの理由から、モザイクアートが塗りつぶされたと、、、。
住民から抗議があり、リフォーム会社が修復作業に当たるらしいけど、きっと一度塗りつぶしたものはもう元には戻らないだろう、、、。※画像はニュースより。
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 ユヌサバットにあった柄アパート。
私はこれを見るために、2021年1月に雪が残る中ユヌサバッドに行った。
この素晴らしい作品が、もう無くなってしまったのだろうか?
そう思うと苦しくなった。
形あるものはいつか壊れる。
そんなことわかっているけど、
でも、ウズベキスタンの柄アパートは、私は一つの 芸術だと思うのです。
なんとかして残せないものなのだろうか。

せめて自分が写真に残せただけでもよかった。
 
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タシケントインターナショナルスクールで過ごす最後の一日。

デコはG9を、タシエはG6を無事に修了しました!
2人ともよく頑張った!
この2年間、同学年に日本人が1人もいない環境で、タシエなんかアルファベッドも書けないうちに放り込まれたけど、
「英語嫌だー!」と文句たれつつも課題をこなし友達もつくり、それなりに馴染んでました。

タシエはこの1年間、ビオラ担当として、最後の音楽会では立派にビオラを弾きこなしていました。
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姉妹ともが属するコミュニティによって自分を変えたりしない。「何処に居ても私は私」と気負いもなくマイペース。人と違う事に対して恐れない性格。
それは旦那と私の両方から受け継がれたらしい😀
家族全員が環境や水や食べ物がガラリと変わっても、コロナ陽性時でさえ、通常運転。(※勿論学校や会社や規制に従い休みましたが)
生きていく上での心身共のタフさでは、我が家は他の追随を許さない(笑)
来る前は心配したけれど、呆れるほどに元気に逞しく過ごしました!
英語は上達しなかったけどね🤣
「この国でやっていけたんだから、私たち何処に住んでも大丈夫なんだろうね。まあ、私はずっと日本に居たいけど」と娘たち。
その自信が持てただけでも素晴らしい!
この先、ずっと日本に住んでもいいし、日本が窮屈になったら海外に住んだらいい。
どこでだって自分らしく生きていけるなら、それでいい😀
私も英語話せない中で、面談やら何やら、よく頑張った!誰も褒めてくれないから自分で褒める!
明日から夏休みー!!

写真は、イヤーブックと友達にお別れのメッセージを書いてもらったTシャツ。 
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そして子供を持つ親が海外から帰国する際に忘れてはならない仕事。 
在校証明や成績表などを受験に必要な書類を事前に学校にお願い。
帰国子女は高校受験も特殊なので、必要な書類は自分たちで揃えなければならない。
不備があった場合、日本から取り寄せるのは大変だし、下手すると受験出来ない可能性もあるため、めっちゃ色んな事を調べて慎重に慎重を重ねて事前に学校にお願いしに行ったりもしました。
学校はそれらの書類を一部ずつしか準備してくれないから旦那様にお願いして会社でコピーをとってもらい、
最終日にそれに学校の印鑑を押して貰いに。

何校受験するかまだ未定だけど、足りないよりは余った方がいいので多めに10部コピーして準備。
タシエも高校受験で必要になるかもしれないから2人分なのですごい量💦
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そしたら学校に行く直前になって学校から「書類に不備があったから差し替えて」とメールが…
旦那様がコピーしてホチキス止めまでしてくれたのに、、、
こういうところ、海外の学校って本当に嫌(笑)

まあ、最後までこういうこともありましたが、なんとか無事に書類に印鑑も押してもらい、必要な書類は全部貰いました。
あとは受験の時に本人が頑張るだけ。

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